盛岡のキハ52
キハ20系で唯一の2エンジン形式のキハ52も盛岡へ配属された車両が多かったです。JR移行時は横型エンジンDMH17Hを搭載した100番台のみが残りましたが、1両が廃車、1両が他支社へ転属したほかは盛岡に集結しています。
外観上の特徴としては、側面窓の1段上昇窓化、前面強化改造があります。特に前面強化改造は正面窓下の手すり部分の突起とアンチクライマーが特徴の郡山タイプ、手すり部分の突起のみの盛岡区タイプ、従来と変化がない土崎タイプの3種類が存在します。座席配置が変更された車両はありませんでしたが、1996年頃からバケットシートを装備した車両が登場し全車に拡大しましたが、バケットシートの劣化のため元に戻されています。また、冬期間の車内保温を目的に2001年度に車内仕切りを増設した車両が試行的に登場し、翌年には在籍車全車に拡大しました。また、併せて
今回の更新(2009.8.13):諸元表を追加しました
JR移行前に廃車になった車両 | |
盛岡所属のキハ52ではDMH17C搭載の基本番台も存在し、1959年製と1962年製の2グループがありました。1959年製の中には不運にも火災事故で廃車となった車両(14)がありましたが、それ以外は1985年度まで在籍していました。1962年製には九州に転属した車両もあり、南阿蘇鉄道MT-2105もその一員でした(元キハ52 35)。最終的に盛岡に残った基本番台は34・37・39の3両でしたがいずれもJRに継承されず、盛鉄局管内各地で余剰となった旧型客車・DD13・DE10・ED75・キハユニ26などとともに1986年11月で用途廃止となった北上操車場改め北上信号場構内に集められ、その後この地で解体されました。また、盛岡所属の107も当時の100番台では唯一廃車となり、やはり北上信号場で最期を迎えました。 | |
10(モカ) | 1959新潟鐵工所 1986.3.31廃車 |
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1985.12.15 盛岡 ※2両目はキハユニ26です |
12(モカ) | 1959新潟鐵工所 1986.3.31廃車 |
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1985.11.23 好摩 (許可を得て撮影) |
37(モカ) | 1962新潟鐵工所 1987.2.5廃車 |
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1989.3.1 北上信号場 (許可を得て撮影) |
107(モカ) | 1964新潟鐵工所 1987.2.5廃車 |
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1988.2.26 北上信号場 107は暫定色の試験塗装が施されていました。側面が白帯1本なのが暫定色と異なるところです。 |