キハ100・110系の登場から現在まで(その2)

3.各形式の特徴と番台区分
○キハ100基本番台

ローカル線用として登場した車両で、16.5mの車体に330PSのエンジン・2段直結式のDW14B変速機を装備しています。盛岡支社のみに配置され、北上線・大船渡線で使用される一ノ関所属車はDMF11HZ(小松)、釜石線で使用される盛岡所属車(八戸へ転属した車両を含む)はDMF13HZ(新潟)を搭載しています。(一ノ関のキハ100-1・3のみカミンズ製DMF14HZ)
北上線・大船渡線・釜石線ではワンマン運転も行われています。
かつてはIGRいわて銀河鉄道や三陸鉄道への乗り入れ運用がありましたが現在では廃止されました。
2011年の東日本大震災で盛岡のキハ100‐9・12と一ノ関のキハ100‐30・38が被災し廃車となりました。
また、キハ100‐29が「HIGH RAIL1375」へ改造されました。

○キハ100 200番台

大湊線のキハ40の置換え用として登場したグループで、側扉がプラグドアから引戸に変更されたほか、踏切事故時の乗務員保護対策として運転席部分がそれぞれ250mm延長されています。
八戸の在籍でDMF11HZを装備します。多客期増結では一部運用をキハ40へ変更された時期もありましたが、盛岡からキハ100‐20・21が転属したため現在では車両変更を行っていません。

○キハ101

左沢線のキハ40の置換え用として1993年に登場した車両です。キハ100 200番台と同様の仕様でエンジンはDMF11HZを装備しますが、車内はオールロングシートでトイレがありません。

○キハ110・111・112基本番台

釜石線の急行「陸中」用として登場した車両です。20m級の車体に420PSのエンジンを装備しますが、量産先行車として登場した車両ではドイツ・フォイト社製の変速機T211rz(充排油式・1段直結)が導入されました。エンジンも-1のみDMF14HZA(カミンズ)、ほかはDMF13HZA(新潟)を搭載しています。
1990年度に導入された量産車では奇数向き・トイレ付きのキハ111、偶数向き・トイレなしのキハ112も製作されましたが、変速機は2段直結式のDW14A-Bへと変更されました。車内は簡易リクライニングシートが並びますが、構造上キハ111・112の車端部のみボックスシートとなります。
急行「陸中」が快速「はまゆり」に転用された後もそのままの装備で使用されましたが、2007〜2012年には一部の車両が小牛田へ転属し快速「南三陸」に連結されました。
2013年にキハ111‐2・キハ112‐2が「TOHOKU EMOTION」へ改造されました。

○キハ110・111・112 100番台

1990年度から導入されたグループでセミクロスシートとなっています。エンジンはすべてカミンズのDMF14HZAで変速機は2段直結式のDW14A-Bへ変更されました。キハ111とキハ112の間の貫通路は広幅となっていることから、検査時を除いて両形式が同番号の組み合わせとなります。
小海線・磐越西線(馬下〜新潟)・水郡線に導入されましたが、1993年に磐越西線所属車は水郡線へ転属しました。一方、水郡線所属車も2007年に段階的に小牛田・盛岡へ転属しましたが、一連の転配に関連して小海線から盛岡へ2両、水郡線から新津へ1両も転属しています。
2013年に発生した山田線での脱線事故によりキハ110‐132が廃車となりました。
また、キハ110‐105が「TOHOKU EMOTION」へ、キハ110-108が「HIGH RAIL1375」へそれぞれ改造されました。

○キハ111・112 150番台

水郡線用の増備車として登場したグループで1994年に登場しました。200番台が登場していましたが、100番台と200番台の床面高さが異なることから100番台の床面高さに併せた200番台ともいえます。2組4両が登場しましたが現在では盛岡・小牛田に配属されています。

○キハ110・111・112 200番台

1992年度に登場したキハ100・110系の中では最大勢力のグループで、新津・高崎・長野・小牛田に配属されています。
車体の設計変更により側扉がプラグドアから引戸へと変更されましたが、その後キハ100と同様に踏切事故時の乗務員保護のための車体延長が行われた車両が登場しました。次項300番台から編入改造されたグループと最終増備グループではバリアフリー対策としてトイレの車椅子対応化が行われました。

○キハ110・111・112 300番台

田沢湖線の新在直通工事に伴う代行輸送として運転された特急「秋田リレー号」用として登場したグループです。代行輸送終了後の転用改造を見越して200番台仕様の車体ですが、簡易的なデッキ仕切りと簡易リクライニングシートを装備していました。代行輸送終了後は転用改造で200番台となり、新津に2両転属したほかは長野へ転属し、飯山線の全車両を置き換えました。

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